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日本世界研究ブログ (今世紀をダッシュ)

様々な内容。医療、ニュースに関連して、歴史、芸術、自然災害、経済など。  このサイトはリンクフリーです。 ブログ名を「ダッシュ ー世界を分析するー」から変更しました。

名前に気をつけよう

名前からすばらしいくないことでもすばらしいと思うよう誘導されたり、ある内容を意識させないように誘導されないように注意したいものだ。

 グリーン車、指定席、自由席ーこれって一等車、二等車、三等車、の言い換えつまり金がない者は悪い席へ、金がある者は良い席へと言い換えでなかろうか。

 奨学金ーこれはもう、返済が必要な場合は教育ローンとはっきり言うべきだし、返済不要の場合はプレゼントとはっきりというべきであろう。

 病院ー何か良いイメージを持っている人もいるかもしれないが、医療が原因で問題が起きたりしていて、殺人工場かもしれない。

 大学ー奨学金という教育ローンで人生を破壊する原因かもしれない。

 何とか賞ー陸上100mとか水泳100mとかフライングかどうかの判断は置いといて、こういう明確な数値ででてくるものでなかったら、各自の感性を否定し、思考の統制道具かもしれない。


 名前にごまかされず、実態をよく考えるべきであろう。
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弁護士から被害を受けないために

弁護士だからといって良い人だと思っているととんでもないことになるかもしれない。弁護士による問題が起こっている場合がある。弁護士による被害も発生しているようである。

 では、どうすれば良いか。弁護士と関わらなくてすむようにすることである。もちろん、どうしても必要な場合もあるであろう。しかし、弁護士を必要とするようなことになるべく巻き込まれないことだ。例えば事件なんかに巻き込まれないことだ。会社経営をしているような場合どうしても必要なことがあるかもしれないが。

 弁護士は自分の所に仕事が来て金が入ってきて欲しいので、どんどん来てくださいとなるかもしれない。そして、弁護士に限らず、自分は良い人だ・すごい人だ・優れていると思わせたいであろうから、そのようにいうかもしれない。そこのことを分かっておく必要があるだろうし、評価なんて感性の問題で、自分がただそう思っているだけの話である。

 弁護士のせいで悲しい思いをしなくてもすむように、皆様、お幸せに。

習い事をしたもの勝ち

別に学校の教員を批判しようというわけではない。学校の教員って自分が得意でないことも部活動の顧問とかいってまわってきたり、その教科だけ教えていればすむものではない。それは習い事でも一人でやっていて経営など全部やっている人もいるかもしれない。

 ただ、実際問題習い事の方が教えるのがうまいという傾向はあるであろう。だから、自分でできる人はそれで良いし、習うのだったら習い事でやった方が実際問題自分にとって上達のためにプラスとなるといえるであろう。受験勉強でもスポーツでも芸術でもそうであろう。

 自分でできないことで習うのが良い場合、結局自分の経済状態の問題となってくる。金がある家は有利で、なければ不利となる。こんなの習いに行かないと小中学校や高校ではやっていないなんていうものもあるであろう。

 習い事でやってそれで十分の人は学校の授業なんて全部自由時間にしてくれて習い事の復習をさせてくれた方がありがたいと思うかもしれない。習い事や自分で対応できる人とそうでない人の差を縮めようという方針を取って伸びるのを抑えようが抑えまいが、大小の差はあれ差はつくであろう。うまく伸びるのを抑える力をかいくぐって伸びたものの勝ちということになるのであろう。

病院は殺人工場だったりして、どうだろう?

 当ブログの著者は各自の健康や受ける医療に関して責任を負いません。そのつもりでお読みください。

 病院は殺人工場、医者は殺人者かもしれない。医療による問題、例えば薬害や医療ミスのような問題がある。病院に行ったせいで死亡した人もいるであろう。病院って問題のある場所ではなかろうか。

 政治問題とか経済問題とかに関しては批判的な意見を持っている人もいるかもしれない。マスメディアを信じてはいけないと思っている人もいるかもしれない。しかし、医療に関してもちろん医療による問題があるということは知っていても、実際自分の健康のこととなると、無批判に医者のいうことを聞き、その結果被害を受けている人もいるかもしれない。やはり、健康に関して自分で何が良いかきちんと判断できるようになるしかないのではなかろうか。

 消費税増税に賛成か反対かと言ってみても、もちろんそのテーマは重要であるし、何パーセントか上がったということが耐えられるかどうかのぎりぎりの人もいるであろう。しかし、別にそれでもちょっと節約すれば家計は苦しいものの死ぬわけではない人もいるであろう。しかし、医療はそれを受けることによって自分が死ぬかもしれない、そういう面があるであろう。

 やはり、健康に関して自分で何が良いか判断できるようになるしかないのではなかろうか。

各自が健康の専門家になるべき、医者は健康の専門家ではないのではないか

 当ブログの著者は各自の健康や受ける医療に関して責任を負いません。そのつもりでお読みください。

 医者は健康の専門家と言えるのかという問題がある。医療によって問題(
薬害、医療ミス、院内感染)が起きている。こんなのだったらこんな医療受けなければ良かったという人もいるであろう。

 さて、ある医療内容に関して、この医療内容をするという医者と、
この医療内容は危険なのでやらない方がよいという医者がいる場合があるであろう。それって、やっていることが全く違うと言えるであろう。ということは、医者は健康の専門家ではなく、ある方針の作業をやっている人と言えるのではなかろうか。各自が健康の専門家になり、ある場合にどのような医療を受けるか、それには医療を受けないことも含むが、自分で判断していく必要があるということになるのではなかろうか。だって、この医療内容をするという医者と、この医療内容は危険なのでやらない方がよいという医者がいたら、どんな選択をするかは自分で決めることになるのではなかろうか。

 あの医者のせいで健康を害したとか死んだとか、医者に人生を破壊されないように、自分自身が健康の専門家になる必要があるのではなかろうか。

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