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日本世界研究ブログ (今世紀をダッシュ)

様々な内容。医療、ニュースに関連して、歴史、芸術、自然災害、経済など。  このサイトはリンクフリーです。 ブログ名を「ダッシュ ー世界を分析するー」から変更しました。

お金の監視と自由消滅

お金の使い方の監視が起こると、自由が奪われ生きづらい社会になってしまうであろう。自分が何にいくら使っているかお金を監視されると、不自由になるであろう。別に悪いことをしているわけではないというのであっても、どこで何をいつ買っていくら使ったか把握されると、生きづらい世の中であろう。

 すでに、銀行口座からの支払いとか、その他、把握されるような支払いをしている場合があるだろう。しかし、それが全てになってしまうと、紙幣も硬貨もなくなって、コンピュータ上のものだけになってしまうと、全くコンピュータ上の支払い以外の選択ができなくなると、とても嫌な社会になるであろう。

 しかし、紙幣や硬貨を廃止して全てをコンピュータの数字のみにしてしまうことは可能なのではなかろうか。コンピュータ上の数字のみのお金しか使えないような社会にならないようにしていくべきであろう。そして、今ある紙幣や硬貨による受け取り支払いの監視されていない自由というものを、この部分に関しては自分は使いたいと思う部分を大切に使っていくべきであろう。
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自分が買うと使うと、行動が社会に影響する

自分が何かを買うと、それが売れるということでもっと作ったり、次の商品の参考にするかもしれない。自分がお金を払うとお金が動くわけで、相手はそのお金で何かができるという力を得る。だから、自分が良いと思う方向のことにお金を使うとそれを支援することになるし、お金を使わなければその方向の内容に支援しないことになる。

 たとえ、無料の場合であっても、自分の行動がお金につながり社会に影響する場合があるだろう。例えば、道に広告がでているとする。それっておそらく広告料を払って広告をだしているのだろう。そうだとすると、自分がその道を歩くのは無料であったとしても、通る人が多いと広告代がこのくらいだったら広告をだそうとか、そういうふうになるかもしれない。誰も通らないところに高い広告料を払って広告をだしたりしないだろう。

 もう一つ無料の例を挙げると、インターネットで無料で閲覧できるものがあるであろう。そこにでている記事、書く方はもしかすると、閲覧者が多いとそういう記事をたくさん今後も書くかもしれない。誰も見てくれないと書くのをやめるかもしれない。そういうふうに影響するかもしれない。

 自分の行動が社会に影響を与えうるわけだ。

良いと思っていた店にだまされた、モラルを失った社会

世の中こういうたぐいの店は悪徳会社が多いとかそういうことを思っている人がいるかもしれない。その考えが正しいか正しくないかはおいておくとして。

 さて、この業界は悪い店は少ないだろう、この店は良い店だろう、その考えが正しいか正しくないかはおいておくとしても、実際使ってみたら、ひどい店だった、だまされた、そんな思いになった人がいるかもしれない。

 この業界は悪い店は少ないはず、この店はさすがに悪い店ではないだろう、そう思っているものがもしめちゃくちゃだった時、そんな店でもひどい状態なのだったら、社会全体がモラルを失いひどい状況と考えた方が良いのかもしれない。

規制か既得権益か

ある制限、それは規制か既得権益かという問題があるであろう。

 例えば、大学学部卒業(学士)かどうか、そういう経験を示すものということで、能力を示すものとして規制したい事業所がそれが必要として規制するのは一つの選択という考え方があるだろう。一方、能力があればできるわけで、学士かどうかなんか関係なく、既得権益というのも一つの考え方だろう。

 さっきの例は学校だが、では資格はどうか。弁護士なんか、特に民事なんか資格なんかなくしてしまってやりたい人が弁護士をすればよく、それで裁判がどうなっても依頼者の責任というのは一つの考え方だろう。有能な人をつけて有利な判決を得られるようにすればよく、資格が必要なんて制度は既得権益というのは一つの考え方だろう。一方で、一定の能力を示すものとして資格が規制として必要というのも一つの考え方だろう。

 それを持っているものは持っていることでメリットを得られる社会制度を求めるかもしれないし、持っていない者はメリットを少なくしろとかそんな規制はいらないという人も出てくるかもしれない。持っている者は、新規取得者を制限して希少価値を高めようとするかもしれない。持っている者はそれを持っている人がすることが重要と強調するかもしれない。

 バスに規制は必要か。どんな規制が必要か。それとも自由にすればよく事故で死んでも自己責任の社会にすべきなのか。

 規制・既得権益、どんな制限が必要か、こういうことを考えてみるのもよいかもしれない。

レールを進むか道を作るか

レールにのって進む人生それは一つの人生だろう。学校に行き、学校が定めたことをやって進んでいき、そして、どこかへ就職し、そこで定められたことをやっていく人生。誰かが作った枠に従って進む人生、それはそれで一つの人生だと思う。

 一方、自分で道を作る人生、それも一つの人生だろう。起業して、誰かが作った枠内でそれに従って進むのではなく、自分で作っていく人生。

 どっちが自分にふさわしいか、それは人それぞれだろう。

 学校にまず行くと、教員は従業員である。従って、従業員としてやっていく考え方の人が登場してくる可能性が高いという現実はあるであろう。

 どんな人生を送るか、それは人それぞれだろう。お幸せに。

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